1年前の夏。
ゆうこちゃん先生が1ヶ月前にようやく完成させた「反陽子なんとか爆弾」の試運転によって、この町の地下には大きな空洞ができた。
爆発時に未発見の地底人が多数いたことから、この国は被害地底人の賠償に追われることになってしまった。
まあ細かいことは我々の生活には関係なく、スイカバーのチョコが気にいる時と気に入らない時の精神状況って何が違うんだろう、なんてことを考えながら堤防を歩いてたわけだ。
なんとかして君の気を引きたかった僕は、それこそ確か一年前ここから海に飛び込んだのだった。靄が立ち込めるように暑い日に、空気を切って落ちる感覚は日常から離れて行くようで、思わず本来の目的を忘れた頃、充分に冷えた水に飛び込んだ。
想定よりも深く沈んだ僕は、夏の声が遮られた世界で上を見た。そこからは太陽の光が揺れるのみ、君の姿なんてかけらも見えなかったのを覚えている。
結局ゆうこちゃん先生は街からいなくなり、ラボも撤収となった。実験都市としての役割を終えた我が街は魂が抜けたように萎み始め、少しずつ人がいなくなっていった。
ここから両親の喧嘩が多くなり、いつのまにか父親がいなくなった。すでにあなたは大人なんだから、と言外に伝えてくる母親の表情はとても複雑で、悪いことをしたわけではないのならそんな顔をしないで欲しいと思った。
君はあいもかわらずアイスを齧りながら僕を連れ出して、隣町の映画館までパンフレットを眺めに行く、という不毛な散歩を習慣にしていた。
不思議なもので、学校どころじゃないだろうと誰もが思う状況でも、学校には人が来ていた。たしかに人が少なくなったとはいえ、学校に行かなくなる理由は見つからなかったので、僕や君も毎日早起きして通学していたのだ。
学校に着いても先生がいないので、とりあえず自分の席に座り、あとは黒板の方をそれとなく意識しながら雑談をするしかなかったし、飽きたらみんな家に帰って行った。
立入禁止区域が多過ぎる、という声が上がったこともあったがこの街にはそもそも海と道路しかない。道路が使われなくなり、街全体が歩行者天国になってしまった今、我が街はただ海に面している大きな穴の空いた街になってしまった。
僕らは家か学校か、あとは行き慣れた隣町の映画館までの道だけで日々を過ごしていたのだ。
母親が手続きを進め、この街での残り時間もどれくらいかわからなくなったころ、君がいつものようにラムネを飲みながら、突然切り出した。「私はこの街を暫く出ないらしい」
そういう道もある。特に地域によって賠償の金額には差があり、その後の選択肢も各家庭によって違いはあるので当然のことだとおもった。
怠惰で居心地の良い時間がずっと続くとは思っていなかったが、こうも終わりが目の前に突きつけられると、突拍子も無さすぎて悲しくもならないことに驚いた。僕は君のことが好きだと思っていたけど、そうじゃないのかもしれない、と不安になり、念のため「君のことが好きだよ」と伝えた。そしたら君は「それは別れ際に言うやつだよ」と答えた。
なるほど、セカイ系にもマナーがあるらしい。
折角なので記録をつける事にした。
当分暑い日は続くので、これから映画館に向かうときは行きにラムネを買って行く。
帰ってきたらこの堤防に空き瓶を並べていこう。そしたら何回映画館に行ったかがわかるだろう。どうせだれも片付けやしない。
「また会いに行くよ」と言うと、「二度と来るな」と君は言った。
この街は呪いにかかってしまったようだ。記憶の中でずっと夏であり続ける、そんな呪いの話。
もう一度堤防を歩くような夏がいつか来るとしたら、ラムネの日記がどうか、僕たちの道しるべになりますように。